Project Panamaは世界中の本を破壊的にスキャンする
Project Panamaの中身
訴訟で開示された社内文書から、計画の全容と各社への波及を整理する。
背表紙を切り、スキャンし、廃棄する
著者らがAnthropicを訴えた「Bartz対Anthropic」訴訟の過程で、社内文書が開示された。その中には「Project Panamaは世界中の本を破壊的にスキャンする取り組みだ」という一文があった。手法は、油圧式の裁断機で書籍の背表紙を切り落とし、バラになったページを産業用の高速スキャナーで読み取り、その後原本を廃棄するというものだ。Anthropicはこの方法で数百万冊の書籍をデジタル化し、Claudeモデルの訓練データとして利用してきたと報じられている。同じ文書には、この計画が社外にどう受け止められるか、社内で強く懸念していたことも記されていた。
Amazonにも同様の疑惑
この動きはAnthropicにとどまらない。調査報道メディアの404 Mediaは2026年8月、Amazonが同様の手法で書籍を大量購入し、ラスベガスの施設でスキャン・廃棄していた疑いを報じた。古書店の間では、通常の10倍から数百倍規模の一括注文が相次いでおり、注文先の住所がAmazonの物流拠点と一致するケースが確認されている。オランダでも同様の動きが2026年9月に報じられ、複数の古書店がAI企業からリストでの大量発注を受けていたことが分かっている。
合法な購入と海賊版、法的扱いは別
2025年6月、米連邦地裁のウィリアム・アルサップ判事は、合法的に購入した書籍をデジタル化してAI訓練に使うことはフェアユースにあたると判断した。一方で同じ訴訟には、Anthropicが海賊版の電子書籍を無断で使用していたという別の争点があり、こちらは著者側との間で15億ドルという史上最大級の著作権和解に発展している。今回のProject Panamaが問題視されているのは、法的な違法性という論点を超えて、希少な書籍が二度と手に入らない形で失われることへの懸念だ。
【著者が整理】合法な購入と海賊版データの違い
「Anthropicは違法なことをしたのか」という疑問に、法的な結果の違いから答える。
Bartz対Anthropic訴訟には性格の異なる2つの争点が含まれていた。1つは合法的に購入した紙の書籍をスキャンしてAI訓練に使ったことで、これはフェアユースと判断され法的な責任を問われていない。もう1つは、海賊版サイトから無断で入手した電子書籍を使っていたことで、こちらは著者側との間で15億ドルの和解に至っている。同じ「本をAI訓練に使う」という行為でも、入手方法によって司法の判断は正反対になった。
「合法か違法か」という一点だけでは、この問題の全体像はつかめない。下の図は、法的な扱いの違いと、それぞれが実際にどんな結果につながったかを並べて整理したもので、報道で語られがちな「AIが本を破壊している」という一面的な見方を補うために作成した。
問題の焦点は合法性より不可逆性にある
フェアユースと認められたとはいえ、希少な書籍や絶版本が原本ごと失われることへの懸念は法的な議論とは別の問題として残る。デジタル化そのものは技術的に必要でも、原本の廃棄まで必須だったのかという疑問は、司法判断の範囲外にある論点だ。
両論評価
合法な取引だとする見方と、不可逆な喪失を問題視する向き、双方の論拠を整理する。
▶ 問題視しない側:司法がフェアユースと認めた合法な取引である以上、批判の対象にはならないという立場だ。古書店にとっても在庫整理と収益の両面でプラスに働いており、ある古書店主は404 Mediaの取材に「経済的には助かっている」と述べている。売れ残りがちな大衆向けの本が処分される分には問題ないという声もある。
▶ 問題視する側:希少本や絶版本など、市場に出回る部数が少ない書籍まで一律にパルプ化されることへの懸念が強い。ある古書店主は同じ取材で「用途は好きになれないし、珍しい本が潰されるのも好きではない」と複雑な心境を語っている。Anthropic社内が計画の公表を避けようとしていた形跡も、透明性の観点から批判の対象になっている。
合法性と社会的な受け止められ方は、必ずしも一致しない。この案件はその典型例と言える。
【独自考察】なぜ紙の本が争奪戦になったか
背景にある技術的な壁を踏まえると、この現象の見え方が変わってくる。
本を買って、切って、スキャンして、捨てる。著作権訴訟で明るみに出たこの作戦は、高品質な学習データを巡る競争の影の部分を表している。
AI企業はまずインターネット上の膨大なテキストでモデルを訓練し、次にデータを増やそうとAI自身が生成した文章を追加で学習させる試みをした。その結果起きたのが「モデル崩壊」で、AIがAIの出力で学習すると、世代を重ねるごとに性能がむしろ劣化していく。この壁にぶつかった各社が行き着いた先が、まだネット上に出回っていない、人間が書いた高品質なテキストの塊——つまり紙の本だった。
「知られたくなかった」という一文の重み
合法な取引であることと、後ろめたさを感じていることは別の問題だ。社内文書に計画名を付け、外部にどう受け止められるかを事前に懸念していた事実は、Anthropic自身がこの行為の見え方に自覚的だったことを示している。フェアユースという法的な追い風があっても、企業がその是非を意識していたという構図は、今後同種の事案が起きたときの参考になりそうだ。
この問題の核心は「合法か違法か」という論点を超え、「モデル崩壊という技術的必然が、不可逆な喪失をどこまで正当化するか」という一点にある。デジタル化自体は避けられないとしても、原本の廃棄が唯一の選択肢だったのかは、今後も検証されるべき論点として残る。
日本の企業・産業への影響まとめ
- ① 日本国内の古書市場への波及を継続してチェックしよう:オランダで確認された動きが日本にも広がる可能性があり、絶版本・稀覯本を扱う書店や図書館は動向を注視しておく価値がある
- ② 学習データの入手方法は今後の論点になると見ておいた方がよさそうだ:日本語データも「モデル崩壊」を避けるための争奪対象になり得るため、著作権処理のあり方が国内でも議論になる可能性がある
では実務としてどうするか。書籍や資料をアーカイブとして保管している事業者は、貴重な蔵書がAI企業からの一括買い取り対象になっていないか、取引の相手先を確認しておく価値がある。デジタル化そのものは技術の流れとして避けられないとしても、原本を残す選択肢があるかどうかは、売却前に交渉してみる余地がありそうだ。
※本記事は2026年9月時点の報道にもとづく分析です。情勢は今後変化する可能性があります。判断は必ず最新の公式発表をご確認ください。
Project Panamaとは何か。
Anthropicが社内で進めていた、紙の書籍を大量購入してデジタル化するプロジェクトの名称。訴訟で開示された社内文書には「世界中の本を破壊的にスキャンする取り組み」と記されている。裁断機で書籍の背表紙を切り落とし、1ページずつ高速スキャナーで読み取った後、原本は廃棄する手法が取られた。
なぜAI企業は紙の本を求めているのか。
インターネット上のテキストを使い尽くした後、AI企業はAI自身が生成したテキストを追加の訓練データにする試みを行ったが、これにより「モデル崩壊」と呼ばれる性能低下が起きることが分かった。ネット上にまだ出回っていない、人間が書いた高品質なテキストの供給源として、電子化されていない紙の本に注目が集まっている。
この行為は合法なのか。
2025年6月、米連邦地裁のアルサップ判事は、合法的に購入した紙の書籍をデジタル化してAI訓練に使うことはフェアユース(公正利用)にあたると判断した。ただし同じ訴訟でAnthropicは、海賊版の電子書籍を無断使用していた別の行為について、著者側に15億ドルの和解金を支払っている。合法的に購入した書籍のスキャンと、海賊版データの使用は法的に別の扱いを受けている。